仕事中毒の犠牲になった家庭

世界から見れば働き過ぎの日本人、ときに家庭が犠牲になることもあるようです。ここは、30歳の時に結婚したDさんの話です。Dさんはある大手電気メーカーの営業マンです。奥さんは8つ下で、大学を卒業し、そのまま結婚、家庭に入った専業主婦です。

結婚後1年して子供が生まれ、Dさんの人生は順風満帆に思えました。Dさんの仕事はかなりハードで、休日出勤は当然、休日は月に1、2日しかありません。勤務時間も長く、残業は当たり前で、帰宅しても子供が起きているような時間ではありませんでした。

そんな状況でしたから、たまの休みの日も家族サービスどころか、疲れきって、一日中ゴロゴロするのがおちでした。Dさんに言わせれば、これも「家族のため」です。

Dさんは、お金を使うような趣味も持たず、浮気や借金もありませんでした。基本的に忙しすぎて、他の事に手を出す余裕さえなかったのです。気づけば、子供はそろそろ小学生になろうかという年齢でした。

子供ができてから、家族そろってどこかに遊びにいった記憶は3、4回しかないそうです。もちろん、自分の仕事が忙しく、家族にあまり構ってやれないのは、Dさんとしても不本意でした。しかし、仕事の忙しさは、会社にかけあっても相手にしてもらえませんでした。

奥さんからも、何度か「もう少し仕事の忙しさは何とかならないの」という意思表示がありました。しかし、Dさんはいつも「家族のため」という意見を押し通していましたし、本当にそういう気持ちだったのです。

仕事の忙しさがピークの時は、徹夜に近い労働時間で、家に帰るのは、わずかな仮眠のためだけ、休日も2ヶ月間まったくなしでした。そういう状態でしたから、妻や子供とまともに会話することもなく、イライラしていて、それが言葉遣いや態度にも表れてしまいました。

ついにやってきた離婚

そんな結婚生活も8年目のある日、いつものように深夜帰宅で食事をしているときに突然奥さんから「別れてほしい」の一言を食らったわけです。Dさんにすれば、青天の霹靂です。今まで家族のために一生懸命頑張って働いてきたつもりなので、

いきなりの「離婚してほしい」の理由がまったくわからなかったのです。「少し考えさせてほしい」と返答したものの、それから2日間は頭の中が機能停止しているかのようでした。

離婚したい理由がまったく思い当たらなかったので、思い切って尋ねてみると、「価値観の違い」の一言だけです。詳しく尋ねても、「あなたには、いくら言ってもわからない」の一点張りで、とにかく「別れてほしい」とのことでした。

しかたなく、離婚届に判を押し、Dさんはよくわからないまま離婚となったのです。しかし、離婚した後から振り返ってみると、たしかに、今まで真剣に妻や子供の気持ちなど考えたことがありませんでした。自分のこと、仕事のことで精一杯だったのです。

Dさんは、家族のために頑張って仕事をしているのだから、仕事さえ文句を言わずに頑張っていたらそれでいいと信じ込んでいたのです。奥さんと子供が家でどのような気持ちで過ごしていたのかといったことなどは、考えたことがありませんでした。

夫婦としても深いコミュニケーションもなかったので、未だに奥さんの離婚要求の本当の理由はよくわからないとDさんは言います。子供はかわいかったのですが、仕事であまり一緒に過ごす時間がなかったため、Dさんにはなつきませんでした。

こうして考えてみると、仕事をたくさんして家族を経済的に食べさせることはできても、それだけではいけないということがDさんにはわかりました。もちろん、心のどこかで分かっていたつもりでしたが、それが離婚に至るほど重要なことなのだという「重要さ」に気づきました。

こうして非常に「高い授業料」を払ってでしたが…。Dさんはできることならもう一度やり直したいと願っていますが、奥さんの様子から多分もう無理ではないかとも考えています。Dさんは今、もし、もう一度結婚生活を送ることができるならば、同じ轍を踏まないと心に決めています。