妻の出産をほったらかし・育児放棄

2人の結婚生活において夫が多少ドジなところがあっても、不器用でも妻の出産にどう対応するかでその後の妻からの信頼は大きく変化してきます。自分の妻が体をはって、命をかけて子供を産んでくれた、これは絶対に外してはいけない究極の場面です。

この究極の場面において、優先順位を守ったかどうかは決定的なものがあります。浮気をしていようが、借金をしていようが、なにがともあれ、最悪演技でもいいので、他のすべての物は後にして汗だくになって駆けつけて…

「本当によかった、お前と子供の無事だけが心配だった!」

…と言えば、その一言は妻の中で一生涯効力を保ちます。

妻はその時の言葉を飴玉のように心の中で転がしながら、事あることに思い出し安心します。それは一生信じることができるほど大きいものなのです。しかし、残念なことにこのことに気づかずに、仕事だのなんだのと、この大事な場面をすっぽかしてしまう男性が現にいるのです。

自分の子供のことでもありますし、やはり夫たるもの、妻や子供のことを大切にしてあげて欲しいものです。

「私の一番大変なときにいてくれなかった」

妻の心の傷はたやすく癒せるものではありません。

1+1=3

夫婦に子供が生まれると、それまでの結婚生活とは大きく違った生活が始まります。数の上で家族が「1+1=2」ではなく、「1+1=3」になるわけですから、今まで以上に夫婦が協力しなければなりません。人の育ってきた環境はそれこそ人の数だけあります。

中には親の愛情を受けず、ほとんど放置されて成長してきた人もいることでしょう。ほったらかしにされてきた人の場合、育児方法がわからないのはもとより、自分の子供といえ育児そのものに関心を持てないこともあります。

父親がいて、母親がいて、大小様々な問題はありながらもなんとかそういう「普通」の家庭の中で育った人の場合、まがりなりにも「家庭」がどういうものか分かっています。

また母子家庭、父子家庭、その他厄介な問題がある中で育ち、周囲の子たちの家庭と比べてある程度寂しい思いをしながら大人になった人ならば、自分の子供たちには同じような思いをさせまいと一生懸命努力する立派な人も多くいます。

育児放棄

しかし、もし「家庭」というものがどういうものか、育児がどういうものかわからず、決意もなく、好きでもなく、興味もなく、全く努力もしないとすればどうなるでしょうか。

そこは「育児放棄」がよく成長する豊かな土壌となるのです。
dlyg648

英語で「Child neglect(チャイルドネグレクト)」と呼ばれる育児放棄。世界中の問題になっています。

夫が「家の事や子供のことは妻に任せっきり」というのはよくある話ですが、その任せられた妻が委ねられた責任を放棄してしまう場合、それは間違いなく問題の種となり、責任の放棄は結婚の放棄となりかねないのです。