他人からの評価がいつも気になりますか

Anxiety53

他人からの評価がいつも気になりますか。人に嫌われまいとして周囲に合わせ、いつもいい人を演じているでしょうか。批判を受けることに耐えられないので、できるだけ人を避けているでしょうか。または、周囲にそのような人がいるでしょうか。

自己評価が低い

総じてそのような人は自己評価と他人からの評価のバランスが崩れている状態です。自分自身に対して無価値感をいつも抱いていると他人からの評価にすがる部分が多くなり、もし嫌われようものなら、その人の世界は崩壊してしまうように感じます。

ですから、いつも他人に嫌われまいとして、周囲に無理をしてでも合わせ、結果として「いい人」を演じてしまうことになります。もしくは他人に会う機会そのものから遠ざかって、引きこもりのような生活になってしまうかもしれません。自分らしさ、自己表現なんてもってのほかというわけです。

条件付きの愛情

人からの評価が気になりすぎる人は自信がない人で、残念ながら無条件の愛情を受けてこなかった人です。幼少の頃、親からの「条件付きの愛情表現」を受けて育った人は、無条件の愛情というものを知りません。愛情は交換条件の対象という認識、位置づけになってしまっているのです。

そういう人にとって愛情とは、親に逆らわず、言われることをきちんと聞いて応じるときにのみ得られるものだったので、大きくなってからもその構図が当然のようにその人のうちに残ります。いい人を演じる交換として人からの愛情を受けることができるという無意識レベルでの脳の認識になっているのです。

批判はなくならない

人からの批判を過度に気にしたり、怖がったりする気持ちもわかりますが、どんなに自分に自信がある人でも、人から愛されている人でも批判はされます。人にはそれぞれ価値観や好き嫌い、性格の合う合わないがあります。どうしても合わない人というのは誰にでもいるものです。

極端にいうと、地球上に人が2人以上いる限り、批判はつきものなのです。人類史が始まったときに、誰かのことを悪く言う、批判するという歴史も始まりました。そして残念ながらこれからも続いてゆきます。

こういう歴史の中で私たちは生きています。すべての人に気に入られるのは不可能で、生きている限り批判は避けて通れないものなのです。

これから

どうしても人に批判されまいとして生きてゆくのは負担が大きく、決して幸せではないでしょう。日本人が生来もっている「自分を控えめにして、他人を優先させる」という美しい文化はとても大切です。しかし、必要以上に自分を犠牲にして、無理をするのは行き過ぎです。悪い人や心ない人に利用されたり、ボロ雑巾のようにいいように使われるかもしれません。

そのような時間が幸せでしょうか。これからもそのような体験をしてゆくことを望みますか。決してそのようには思わないでしょう。

「他人の言うことなど気にしなくてもいい」というアドバイスをする人もいますし、「私は他人からどう思われようと気にしない」という人もいますが、他人から悪く言われて気にならない人はまずいません。

誰でもそのように批判されると気になりますし、嫌な思いをするものです。しかし、批判を恐れて生きてゆく人生はしんどいものです。

味方とそうでない人

人に合わせるばかりのカメレオンのような毎日から、自分らしく生きてゆく生活へ変化するとき、周囲の人の反応は分かれてゆきます。味方であることを表明してくれる人と、批判する人、何も反応しない人といったふうにです。

周囲の人の反応がだいたいわかってくるので、自分の味方になってくれる人と親しくするのが良い方法です。自分らしく、自分のありのままに生きてゆくほうがどれほど楽しく、幸せなことでしょう。

他人と仲良くやってゆくためにある程度合わせることは必要ですが、他人の評価を気にするあまりいつも自分を犠牲にするのは疲れます。どうでしょうか、これからは少しだけ自己表現、自己主張をしてみるのは。

一気にやると周囲の目に耐えられないかもしれませんから、ほんの少しだけ変えてみることができます。周囲に気づかれないわずかな変化の繰り返しです。変えるのは誰ですか。それは他人ではなく、自分自身なのです。